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ほりさんの報告

  こんにちは

 あるコラムに職人を見てきた方の感じた事を、読んでなるほどと思いました。その一文を紹介します。
 職人達の修業は技を身につけることなのだが、技や技術だけが独立してあるわけではない。
指先だけに技が身につくわけではない。見極める目に宿るわけでもない。みんなその人に付くものなのだ。
技も感覚も、センスも、美しいと思う心もみんなその人の体に属するのだ。その体を作るのが修業である。
 修業方法は徒弟制度だった。善悪、合理、不合理、効率などを無視すれば、人から人に技を伝える事は素晴らしいことである。技にも感覚にも言葉や数字にできないところがある。敢えてそれをすれば、取りこぼしや、見過ごしが出る。師は先生ではない。教えはしない。やってみせるだけ。教えられないのだ。たとえば、鉄を熱する適温を炎の色で知るのだ。炭焼きの状況を臭いで判断するのだ。師の目も親方の鼻も譲ってはもらえない。見て、かいで身に付けるしかないのだ。
 しかも練習用の教材などない。いずれも注文主や問屋から頼まれた商品を作って教えるのだ。生活や、プライドがかかった製品が教材なのである。教え方は叱ること。教わりかたは叱られること。失敗だけが人を育ててくれるのだ。
 うまい叱りかたなどない。宮大工の棟梁小川三夫氏は言う。「失敗したそのときに叱るんや。後で効果的に叱るなんて無理や。親方も真剣、真剣だから怒るのや。やってはならないことをしたから二度とするなと叱る。感情的でいいのや。」
 自分も、この世界に入ったころは、技術は盗んで覚えるもんや、みんな帰ったら先輩達の行動を復習しろとすぐ、上の先輩に言われた事を思い出します。自分もよく叱られたくちで、(今も時々ありますが)誰しも怒られて、いい気分になる人はいないと思います。本来は怒られる前に気付く事が必要なのでしょうが、怒られる事で自分に対して腹ただしく憤りを感じます。二度とやらないようにと注意をすることが成長の糧となるのでしょう。
 こもだの若手大工には、叱られてなんぼ、そこから這い上がる力を身につけてほしいと、やがては師匠を超えてほしいと願っております。
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